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*五 新たなる提案

last update 最終更新日: 2025-09-02 18:00:59

 夢であれば、部屋に戻っていれば、そんな僅かな望みも、楓が再び目覚めて目にした景色はあっさりと打ち消してしまう。見慣れない御簾に囲まれた寝所と、いつの間にか傍に誰かが控えていて、いままで過ごしてきた世界とは別の所へ来てしまったのだと思い知らされる。

「おはようございます、神子様。御加減はいかがでしょうか」

 侍女の一人に尋ねられ、昨夜取り乱した時のことを思い返しては頬が熱くなっていく。

 未知の行為ではあったけれど、全く何も想像すらしなかったわけではなかったはずなのに……呼吸が乱れるほどに騒ぎ立ててしまった。いくら経験がないとは言え、子どもじゃあるまいし……と、思いつつも、覆い被さってきた松葉の体の熱や、楓に唇を重ねてきた常盤の妖艶な眼つきを思い返すと、どうしても身震いしてしまう。

「やはりまだ、どこか具合が悪うございますか?」

 侍女の問いかけに黙り込んでいた楓に、心配そうな目を向けられ、慌てて顔を上げ、弱く笑う。

「だ、だいじょうぶ、です……」

「左様にございますか? では、お支度をして、朝餉をお持ちいたしましょう」

 そうしてまた手際よく御簾から出され、身支度を整えられていく。昨日ここに来た時に来ていたいつものオーバーサイズのTシャツやズボンやスニーカーなどはどこかへ仕舞われてしまったらしく、用意されたのは着物だった。それも、楓でもわかるほどに上等な仕立てのものだ。

 自分で着付けなどできない、と懸念していたが、そんな心配など無用とばかりに侍女たちが手際よく楓を着替えさせていく。これもまた、楓が神子様であるからだろうか。

 寝所のすぐ隣には板の間があり、そこには一人分の食膳が整えられている。膳の並ぶのは真っ白な粥と香の物、何かの魚の干物、そして小さな小鉢に盛られた煮物だった。

 なんだか病院食みたいだな、と思っていると、先程の侍女が、「神子様の朝餉にございます」と告げる。

「御加減よろしくなさそうとのことでしたので、くりやに申しつけてこのような膳にいたしました」

「あ、はい……ありがとうございます」

 頂きます、と手を合わせ、恐る恐る粥をひとさじ口に運ぶ。ふわりとやさしい米の甘味が口中に広がり、ゆるゆると息を吐く。懐かしささえ感じるほどの味は、まだ解けない緊張をほぐしてくれるようだ。

 見知らぬ世界だから、食べ物も未知のものだろうかと内心身構えていたのだが、食べ慣れた味とそう遠くないものに安心感を覚える。

 お陰で少し緊張が解けたのか、楓はそれから黙々と膳の物を口に運んだ。じっと傍で侍女に見守られているのは気恥ずかしかったが、舌に覚えのある味覚のお陰で無駄に緊張せずに済んだ。

 胎が膨れたかどうかはわからないが、とりあえず用意されたものを完食し、再び部屋を移動する。次いで連れてこられたのは、昨日最初に訪れた神社のような建物を通り過ぎたその隣の建物だった。

 通されたそこには、松葉と常盤、そして爺様と呼ばれていた老爺と数人の御付きの者が待っていた。

 待っていた者達は、楓が入ってくると、一斉に立ち上がり、深く叩頭する。

「神子様、昨夜は申し訳ございませんでした。少しはお休みになれましたでしょうか?」

 最初に口を開いたのは爺様で、申し訳なさそうに眉を下げて頭まで下げてくる。この中で最も目上であろう彼がそうしたことで、周りの松葉たちも一斉に頭をまた下げてくるため、楓は居た堪れない気持ちになり、慌てて首を振った。

「いえ、僕の方こそ、取り乱したりして……すみませんでした……」

「神子様がお気に病むことはありませぬ。清らな方であるからこそ神子様であるのに、その扱いがなっていなかった、こちらの不手際なのですから」

 狼狽うろたえる楓に、常盤が静かに言葉を継いで述べはするものの、それで楓の気が治まるわけではない。

 確かに、昨日の行為の流れは多少の強引さを否めないだろう。しかし、そのすべてを松葉と常盤に火があると責める気には、楓にはなれなかった。

(だって二人は、この国や国の人たちを助けたいから、僕と交わらなきゃなんだし……)

 でもだからと言って、今日またすぐに二人と性行為を、と言われても、気持ちがついて行かないのが本音だ。

 頭はでは事情を理解しつつも、やはり未知なる行為には恐怖が拭えない。爺様を中心に輪になる真ん中に座らされた楓は、座してうつむいたまま顔があげられないでいた。

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  • 異世界で神子になり半獣ふたりに溺愛されました   *終

     ある妖力を持ちて暮らす半獣の世界で、禍の病という恐ろしい病が流行っていた。世界の熱源や動力の素となる妖力を喪失させるその病は、どんな妖術による治療も、薬も効かず、ただただ人々が弱り、集落が荒れ果てていくのを見ているしかなかったほどだ。 しかしそれをある時、異世界からやってきた神子と呼ばれる青年が、最大の妖力を持つふたりの若い半獣と交じり合うことで治癒の力を発揮し、病を治していったと言う。 神子は病の素となる瘴気の根源も解決し、世界に平穏をもたらした。 そして――――「楓さまよぉ、今宵こそは俺と風呂に入ろうぜ。診察で疲れた体を癒してやるよ」「いいえ、楓さま。今宵は私と過ごしましょう。良い香が手に入ったのです」 一日の終わり、診療所の仕事と薬屋の仕事を終えて屋敷に戻り、一日の報告と共に夕餉を取っていると、日課のように行われる松葉と常盤の楓の取り合いが始まる。「常盤、お前は一日診療所で一緒にいるんだから、遠慮しやがれよ」「一日ご一緒したからこそ、最後までお世話するのが筋でしょう」「そう言って、閨までついて行くんだろうがよ」「それはあなたもそうでしょう、松葉。それに、あなたは閨でまた楓さまに無理をさせかねません」 ぴしゃりとそう常盤に言われ、松葉はバツが悪そうにぐっと黙り込む。先日、楓のマッサージと称して体に触れたことでセックスに発展して疲れ果てさせたことを言われたからだ。その翌日に楓は仕事がままならないほどだったため、その苦言とも言える。「常盤だって、隙あらば楓さまの閨に忍び込んで、世話のついでだって言って、あれやこれやするじゃねえか」「お世話の一環ですからいいんです」「ずる賢いぞ、腹黒狐!」「あなたが短絡的すぎるんです、単純狸」 またしても夕餉の席で一触即発な空気になりかけた所を、当の楓が、「松葉、常盤」と、名を呼んだことでぴたりと収まる。ふたりは立ち上がりかけていた体勢を改め、すごすごと腰を下ろし、再び夕餉を取り始めた。その様はしゅんと耳と尻尾を垂れて愛らしくさえ見える。

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    「……楓さま? どうした? どっか痛ぇのか?」「楓さま? どこか具合が悪いのですか?」 二人の腕に抱かれながら、楓はいつの間にかはらはらと涙をあふれさせていた。胸が苦しくて痛くて仕方ない、しかしそれが、病気やケガでないことぐらいわかっている。どんな意味の痛みを孕んでいるのかもわかっているからこそ、楓は口にするのをためらう。「どうした、どうした。この腹黒狐にイヤらしい触られ方でもしたか?」「それはあなたでしょう、松葉。下衆な勘繰りをする狸にどうこう言われたくありません」ここにきていがみ合う二人の様子に、楓は、「違う、ちがうの……」と、涙交じりに答え首を振る。松葉が楓の目元を指先でやさしく拭い、常盤がそっと背をさすってくれても尚、胸の痛みも悲しみも癒える様子がない。 最初に枕を共にして怯えた時にも泣いてしまっていたが、その時と様子が違うことに二人も気づいたのか、小競り合いをやめ、ただじっと、楓の気持ちが落ち着くまで寄り添っていてくれた。 触れて撫でてくれる手のひらも指先も、時折頬に触れる尻尾も、全てが楓に寄り添うためにここにあるのだと思うと、たまらなく愛しい気持ちが胸に溢れる。溢れ出て口からこぼれ落ちそうになる想いを、伝えてしまいたくなる。 でもそれはできない、してはいけない。何故なら、楓はもうこの世界にいるための役割を終えてしまい、元の世界へ帰らなければならないのだから。(二人を困らせるだけのことを、言っちゃダメだよね……でも、何も言えないのも苦しいよ……) 元々が住む世界が違う者同士なのだから、惹かれてはいけないものなのではないだろうか。半獣と人間、神事として結ばれることはあっても、そこに恋情を混ぜることを許されないのではないだろうか。 これが三人で過ごせる最後の夜になる。交じり合える最後のひと時になる――そう考えるだけで、楓は苦しく、涙が止まらない。 でもそれも、楓の我儘なのだと思えば、堪えてないものにするしかない。なにより、松葉も常盤も、楓と恋情を絡めて結ばれたいと思っているとは限らないのだから。(……そうだ、これは僕の独り善がりだ。二人の気持ちが同じ

  • 異世界で神子になり半獣ふたりに溺愛されました   *二十七ノ二

     ひんやりとした何かが頬を撫でて気持ちがいい……薄っすらとした意識の中で感じるものに、楓は無意識に自ら頬を寄せる。もっと、と、呟いてもいたのか、そちらからも近づいてこられ、密着していく。 冷たいものに頬を寄せている内に、自分の体が火照っていることに気付かされる。どうしてこんなに体が熱いのだろうか……ぼやけたままの意識と、段々と輪郭を明確にしてきた視界をみつめながら楓は考え、そこに映り込んだ人影の名を呼ぶ。「……まつ、ば? とき、わ……?」 名を呼んだそれらは、楓の言葉にホッとしたように息をつき、やがて頬や額に触れてきた。「よく眠ってたな、楓さま。気分はどうだい?」「何か飲み物をお持ちしましょうか?」「ありがとう……いまは、何もいらないよ……」 熱いと自分でもわかる吐息交じりに答える楓に、松葉と常盤が弱く微笑みうなずく。二人が安堵している様子に、楓もほっと息をつく。 どうやら宴会場でしたたかに酔ってしまい、別室に運ばれたようだ。遠く賑やかな宴会場の声が聞こえはするが、この部屋自体はとても静かで、うす暗い。「随分呑まされちまってたみてえだな……気付けなくて悪かったな、楓さま」「無礼講とは言え油断していましたね……すみません」「ううん、そんなにたくさんは呑まされてないから……ちょっと、場に慣れてなかったのもあるのかも」 そう言いながら楓が身を起こすと、二人は揃って支えようと手を差し出してくる。両脇から抱きかかえられるようにして身を起こし、常盤が差し出す水差しで水分を補給する。ほんのりと甘いそれが火照る喉と体に心地いい。「ごめんね、折角の宴会なのに、僕のせいで抜けることになって……。もう大丈夫だから、戻っていいよ」「いいんだよ、みんな俺らの帰還にかこつけて飲みたいだけなんだから」「それよりも私は楓さまが心配ですから……お傍に、いさせてください」 それぞれから苦笑気味にそう言われ、楓はお言葉に甘えて二人にそのままいてもらうことにした。二人のあたたかな腕に包まれていると、無意識のうちに体に力が入っていたことに気付かされる

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